うーむ、面白い。PFNすごいな。何がすごいって、業界大手しかもLeadingCompanyとVentureが組むとは。
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好むと好まざるとに関わらず、20年以内にほとんどの仕事がなくなる。Googleの創業者、ラリー・ペイジ氏の言葉だ。人工知能(AI)とロボットが、ありとあらゆる業界の勢力図を劇的に塗り替える。そう言われている。
とはいえ、変化の波は必ずしも同時並行的に訪れるわけではない。変化の波に先に飲み込まれる業界、後から飲み込まれる業界というものがあるようだ。
日本の場合、ディスラプティブ(業界勢力図を根本から塗り替えるような)イノベーションは、最先端のテクノロジーベンチャーと、いい動きをする従来型の大企業がタッグを組んだときに起こるのかもしれない。
東大発ベンチャーのプリファード・ネットワークス(PFN)は、私が最も注目するテクノロジーベンチャーだ。そしてそのPFNが、数ある事業領域の中からまず3つの領域に焦点を絞った。その領域とは、自動車、バイオ、製造業の3つ。自動車の領域ではトヨタと組み、このほどパナソニックとの提携も発表した。バイオの領域では、京都大学と組んでいる。製造業ではこのほどファナックとの提携を発表した。イケてるベンチャーとイケてる大企業。それぞれの提携関係を受けて、これら3つの領域は、今後どのように変化してくのだろうか。
▶スーパーエンジニアぶりを示すPFNエピソード
まずその前に、PFNがどれだけ突出したスーパーエンジニア集団であるのかを示すエピソードを幾つか紹介したい。過去に私が書いた記事「人工知能xIoTで、第2のソニーを目指す東大発ベンチャー」の記事の中で、PFNの関連会社のプリファード・インフラストラクチャ(PFI)は、プログラミング国際大会に出場した東京大学と京都大学のチームのメンバーらが創業したことを紹介した。PFNの最高戦略責任者の長谷川順一氏によると、PFNの社長の西川徹氏は「ビジョンを持っていて、判断が早く、状況が変化すれば過去の業績を簡単に捨てることができる」タイプの経営者。一方の岡野原大輔副社長はスーパーエンジニア。長谷川氏によると、岡野原氏はいつも右手に論文を持っていて「週に100本は論文を読んでいる」という。
@ITの「われわれは100倍、速く書ける。PFI 西川徹」という記事は、創業間もないころの西川氏のインタビュー記事。その中で西川氏が「受託はやらない。外部資本は入れない」という当時のスタンスを明確に語っている。また「技術的に面白くないことはやっても仕方ない。うちの会社じゃなくていい。共同研究をやるかどうかの基準は面白いかどうか」と語っている。
このほかにも今回、幾つか伝説的エピソードを関係者から聞いた。
・岡野原氏は米国のGoogle本社でインターンしたが、Googleに就職しなかった。世界中の技術者はGoogleにあこがれてインターンに応募するのだが、岡野原氏はインターン後に誘いを断って帰国。正社員にならなかった珍しいケースだという。
・岡野原氏は、論文を読むのが趣味らしい。10歳のころは圧縮技術に興味を持ち、母親とデパートに買い物に行くときなども、英語の論文を持ち歩いていたという。あるとき母親にベンチで待たされている間に圧縮技術の論文を読んでいたのだが、自分の分からなかった部分が論文のおかげで理解できたときに「感動で足が震えた」のだそうだ。普通の10歳の少年とは、関心領域がまったく異なっていたようだ。
・「インターン2日目に自分が組んだプログラムを岡野原さんがとんでもないスピードでリファクタリングをした事に衝撃を覚え、その時にここに勤めようと決めた」(PFNバイオプロジェクトリーダー)
・自分たちで研究開発する代わりに、世界中の最新の論文を片っ端から読み漁り、使えそうな技術をどこよりも速く実装する、というやり方。
・毎年数多くのインターン希望が寄せられる。今年も50人ほどの応募が既にあり、選抜するのが大変な状態なのだとか。志望動機は「トップレベルのエンジニアと一緒に働きたい」「優秀な人材が大企業ではなくベンチャーに集まり始めた。なぜなのかを実感したい」などという意見が多いという。
・社の方針は、「100人のエンジニアより、1人の天才」(長谷川氏)。「一生涯に一度作れるかどうかというレベルのアルゴリズムを開発できる天才と、それを支えるドリームチームを作る」。
こうしたエピソードとは別に、実際に提携先からは具体的な評価の声があがっている。今回提携したファナックの稲葉清典専務取締役は、協業先としてPFNを選んだ理由について「クラウド上にデータを集めて解析できる企業はいくつかあるが、複数のロボットが互いに協調して学習でき、制御に必要なリアルタイム性を備えた機械学習技術を持つのはPFNだけだった」と語っている。(ITProの記事)
NTT研究所の木下真吾氏は「NTTにも人工知能の優秀な研究者はいる。でもPFNの実装力はすばらしい」と絶賛する。
PFNの長谷川氏は、自分たちの技術の優位性を次のように語る。「米国にはディープラーニング(人工知能の領域で今もっとも注目されている技術)を手がけているという会社が出てきているが、そのほとんどはオープンソースのソフトを使って画像解析をしているレベル。われわれは、強化学習や時系列データ、センサーフュージョン(複数のセンサーから得た異なる種類のデータを統合的に処理すること)、アノテーション(あるデータに関連するデータを注釈として付与すること)などもやっている。強化学習、時系列データをやっている企業はまったくいないと言ってもいい状態だし、ディープラーニングだけでなく、Edge Heavy Computingと呼んでいる、分散でインテリジェントなネッワークアーキテクチャ(次世代Internet)を含めて開発している企業はまだいない。」だという。
それでは、そのスーパーエンジニア集団が選んだ3つの領域が、AIによってどう変化しそうなのか。1つ1つ見ていきたい。
▶自動車産業
「トヨタさんと組んでいます。でもそれ以上は秘密保持契約を結んでいるので、言えません」と長谷川氏は笑う。PFNがトヨタと具体的にどのような研究開発を行っているのかは不明だが、人工知能研究の最新動向やPFN関係者の講演内容を総合すると、人工知能が今後、自動車という領域をどのように変えていくのかが見えてくる。
PFNの西川社長は先日の大型見本市InterOpの基調講演で、数台の自動車の模型が互いに衝突することなく自由自在に動きまわっている動画を紹介している。
これらの模型の車は細かくプログラムされているわけではなく、1台当たり256個搭載されているセンサーを通じて、壁や白線、他の車までの距離などを計測し、自律的に走行するように作られている。あとは、速く走ればプラスポイント、衝突すればマイナスポイントと、ポイントを加減し、高得点を目指すように設定しているだけ。車に搭載された人工知能が、ぶつからずに走行する方法を自分で学習していくのだという。最初は簡単なコース、少ない台数で学習させ、ぶつからずに走れるようになれば、さらにコースを難解にし、台数も増やす。最後には、台数が増えてもほとんどぶつからずに高速で走行できるようになるのだという。
人間の脳と比べて人工知能の優れたところは、知識の共有が簡単なところ。それぞれの車が学習した安全走行のコツが無線ネットワークを通じてあっという間に共有される。また、まずはコンピューター上のシミュレーションで学習させ、そのノウハウを実際の車の人工知能に付与することも可能だ。
西川社長が見せた動画の実験に関し長谷川氏は「機械学習やディープラーニングを使って、現時点でここまでできているところは多分、世界でもほかにはないはず」と言う。
世界中で年間130万人が、交通事故で命を落としているといわれる。しかもその90%が、運転者の不注意による事故だ。「人間は目で見て判断するしかない。でもセンサーは幾つでも追加できる」と長谷川氏は指摘する。特に信号機や電柱にもカメラなどのセンサーを搭載すれば、人工知能は運転席からは見えない情報も考慮して、瞬間的な判断を下すことが可能。こうした技術は「2020年代までに大きく進化し、交通事故は劇的に少なくなるでしょう」と言う。
今回、パナソニックと提携したのも、自動車向けセンサーの領域だ。パナソニックを始め国内の家電メーカーは、テレビ関連ですばらしい技術を持っている。でも既に最新のテレビの解像度は、人間の網膜が認識できる鮮明さのレベルを超えている。これ以上テレビの解像度を上げても、人間にとっては意味がない。しかし同じ技術を、センサーに活用できる。センサーの解像度は高ければ高いほどいいからだ。「テレビからセンサーに舵を切ったパナソニックさんの判断はすばらしいと思います。今や家電メーカーだけではなく、自動車部品メーカーやチップベンダーなどもこの分野に参入してきています。(人工知能技術を)いかに速く取り入れるのかという競争が始まっているんです」と言う。
そして今、世界の自動車産業が最も注力しているのは、リアルタイム地図の生成技術だと長谷川氏は言う。人間が道を理解するための地図とは異なり、車載センサーや周辺のセンサーから取り込んだデータと、地図情報を組み合わせ、自動車が安全に走行できるようにするための自動車が理解する地図をリアルタイムに作成する技術が必要とされているのだという。多種多様なデータを瞬時に統合して、安全走行のための地図を作らなければならない。人工知能でなければ、できないタスクだ。
▶バイオ
バイオの領域ではPFNは、IPS細胞で有名な京都大学の山中伸弥教授の研究室と共同研究を行っている。バイオテクノロジーの進展における最大のボトルネックの1つが、動物実験や生体実験に時間がかかったり、十分な数の被験者がいないことだといわれている。そのボトルネックを解消する技術として期待されているのがIPS細胞だ。IPS細胞を使って実験したい細胞を無数に複製し、それに対して薬物を投与して、その結果を調べることができるようになるからだ。無数の化学化合物を組み合わせて細胞に投与した結果が、多数のセンサーによって感知される。だがデータの種類と量が膨大で、人間の頭脳ではパターンを読みこくことはもはや不可能。人工知能なしには進歩しない領域だ。この領域には、コンピューターサイエンスの知識に加え生物学の知識も不可欠になってくる。「でもうちの連中はこの領域が大好きなんです。自分たちだけ一生懸命勉強して、米国のカンファレンスで発表できるレベルにまでになりました」と長谷川氏は笑う。
▶製造業
人工知能を搭載することで、工場はどう進化するのだろうか。まず工場はあちらこちらにセンサーが設置され各種データが集められる。さまざまな種類の無数のデータを人工知能が解析し、ロボットなどの駆動装置を最適な方法で動かすようになるだろう。
どのようなセンサーデータが検知されれば、機械が故障するのかという知識も蓄積されるので、故障を事前に察知して工場ラインを止めることなくメンテナンスが可能になるだろう。
扱う部品、材料が変わっても、それらの部品、材料を扱った経験のある人工知能からノウハウを瞬時に伝授してもらい、すぐに新しい部品、材料に対応できるようになるとも言われている。
今後は、積み込み、加工、パッキング、組み立てなどの作業も全自動化が進むだろう。そして将来は「少量多品種生産、オンデマンド生産も、低コストで実現可能になるでしょうね」と長谷川氏は言う。
人工知能を搭載した工場は、同業他社に大きく水を開けることになるだろう。
▶なぜベンチャーと大企業の組み合わせが有効なのか
なぜ日本では、ベンチャー企業と従来型大企業のタッグがイノベーションへの近道なのだろうか。まず大企業は自分たちだけではイノベーションを起こしづらい。なぜならイノベーションは、時として既存の事業とバッティングを意味するからだ。イノベーションを起こそうとしても既得権益を持つ社内の部署とのパワーゲームにエネルギーの大半を奪わる。大企業の社員からよく耳にする話だ。
かといって日本では、ベンチャー企業が業界勢力図を塗り替えたという話も、あまり多くない。米国に比べて日本は人材の流動性が低く、優秀な人材が大企業に埋もれたままになっていることが多いからかもしれない。長年の付き合いや業界特有の商慣行が重視され、合理性の追求だけでは人は動かない、ということもあるだろう。なので日本では、ベンチャー企業と動きの速い従来型企業の提携が、最もイノベーションを起こしやすいのだと思われる。
しかし提携の形は、ベンチャーが大企業の下請けという形ではなく、対等な立場でのタッグの組み方が増えている。今回PFNが発表して提携も、後者の提携だ。というのは、PFNは大企業ならどことでもタッグを組むわけではなさそうだからだ。
以前、西川社長を取材した際に、人工知能の急速な進化を受けて有望になる領域として同社長は、小売業、防犯の領域をあげていた。しかし今回発表したのは、製造業と自動車の領域での提携だけ。長谷川氏も、自動車、バイオ、製造業を、今後の重点3分野としている。
小売業は、防犯カメラの画像を人工知能に解析させるだけで、来店者の属性と購買傾向をつかめるようになる。これまでのPOSデータを解析する方法より、何倍ものデータを入手できるようになるわけで、小売業の広告、マーケティング手法がより科学的になるはずだ。
長谷川氏は「サンダル履きの男性が午後3時ごろにくれば何を買うのか。家族連れはどんな商品を探しているのか。午後8時以降に来店する背広姿のサラリーマンは、どの棚を探したあと、何も買わずに出て行ったのか。そういうことが分かるようになります」と指摘する。
一方、防犯の領域も、監視カメラの画像をリアルタイムで解析できるので、事件が起こればすぐに対処できるし、起こる前の不振な動きさえもキャッチできるようになる。
「大手ビル運営会社が何億円もかけて何千台も監視カメラを設置したけれど、結局リアルタイムで対応できたことは一度もなかった、という話を聞いたことがあります。ところが人工知能を搭載すると、「車イスの来場者が監視カメラに映れば近くの店員にお手伝いに行くようにアラートを出したり、駅のホームでふらついている人が映れば駅長室にアラートを出したりできます。今までの技術なら無理だけど、人工知能なら可能なんです」と長谷川氏は指摘する。
小売業も防犯も、人工知能で業務を大きく変えることができる。それでもPFNは今のところ、この2つの領域では動いていない。
「小売業さんは、私たちに開発投資する気がないようなので、この分野は自分たちで深掘りすることをやめました。防犯はわれわれも大きな市場があると思ってはいるのですが、防犯事業者さんたちは自分たちの従業員の雇用を守りたいので、人工知能の導入には消極的なんですね。この分野も自分たちで深掘りすることをやめ、このような分野はやりたい人に我々の技術を託しお任せることにしました。」と長谷川氏は指摘する。
「自動車会社さんは、AppleやGoogleというテクノロジー企業に攻め入られているので、本気度が違うんです。本気度は開発投資をするかどうかで分かる。本気のところとのみ、一緒にやっていきたいと思っています」と言う。
本気でイノベーションを求めている大企業と、世界最高峰のスーパーエンジニア集団。強力なタッグが決まった業界から順に、人工知能の津波が押し寄せてくることになりそうだ。
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